Monday, April 18, 2016

封神演義 忠誠(忠義)心につて


<封神演義   第二回   冀州侯蘇護反商>の<注1>で次のように書いた。


(注)の付録としての解説が長くなり、横道にそれるので、諫言と忠誠(忠義)心については、特に忠誠(忠義)心については別途あらてめて考えてみるつもり。裏切りに関連して忠誠(忠義)の欠如を指摘する紂王の<なじり言葉>に対する裏切り弁護の<決まり文句>も用意されているのが中国らしい。そしてこのような<決まり文句>が、封神演義のストリー展開では、行動を起こす大きな動機、要因になり、<決まり文句>は行動規範ともいえる。もっとも、見方によっては口実、言い訳といえる。

” 

<不義>という言葉はよく出てくるが、日本語では忠誠心と忠義心は少し違うようfだ。日本語では<国、君主に忠誠を誓う>はいいが、<国、君主にを誓う>はおかしい。また<友人にを尽くす>はいいが<友人に忠誠を尽くす>はダメではないが少しおかしい。忠誠心のほうが忠義心より社会性があるようだ。

忠誠(忠義)心は封神演義の大きなテーマの一つだ。 封神演義は勧善懲悪の小説なので、ややこしいが不徳天子の紂王への忠誠は、勧善懲悪からすると、忠誠に矛盾がでてくる。封神演義の中心テーマは勧善懲悪にもとづく反商(反殷王朝)だ。これに対して大物では<忠心耿耿>な太師聞仲の殷王朝に対する愛すべき頑固なまでの忠誠心、主君の贈り物ということで、無残に処刑された我が子の肉で作ったハンバーグ(肉餅)を、それと知りつつ食べてしまう文王の忠誠心のほか、小物たちの忠誠心が随所にでてくる。反商組で取り上げられる忠誠(忠義)心は<(紂)王と家臣の義務は対等>という思想に基づくもの。すなわち、<(紂)王が家臣(臣下)に良くなければ、家臣(臣下)も王に対して良くなくてもいい、忠誠、忠義を果たさなくてもいい>とい考え方で、民主的な考え方といえる。しかし話はそう簡単ではない。特に太師聞仲に次ぐ位の武将と言える黃飛虎(武成王)の場合は紂王、殷(商)朝への忠誠と勧善懲悪の反商(反殷王朝)の間で悩む期間がある。妲己、紂王に妻を自殺させられ、妹を殺されるという状況下で(夫人進宮,不知何故,墜了摘星樓;黃娘娘被紂王摔下樓來跌死了)、子供たち、部下からは反商、父黃滾からは忠誠を迫られるのだ。

<太師聞仲の愛すべき頑固なまでの忠誠心>は読者の多くが感じることだろう。読者にこう感じさせるのは封神演義の作者の意図だろう。裏切り者たちの<反商、不義、不忠誠>の言い訳は太師聞仲の<忠心耿耿>な言動に比べると影が薄くなる。この<影が薄くなる>理由としては、

1)一般的に忠誠心の欠如、そして裏切りは世間から<節操がない>と見なさせる。

2)<反商、裏切り>した家臣、諸侯の<反商、裏切り>の理由説明は、かれらの発言のなかで、主に昔から言われているよく知られた、世間で通用している、紋切型の言葉の引用として出てくる。これは王権保持者の紂王に対抗するための一種の権威付けのためだろうが、あとから付けた口実、言い訳にきこえる。これらは発言の中の引用なので文章では二重括弧 』の中にある。

例をいくつかあげよう。

第二回 冀州侯蘇護反商

眾將聞言,齊曰:「吾聞『君不正則臣投外國』,今主上輕賢重色,眼見昏亂,不若反出朝歌,自守一國,上可以保宗社,下可保一家。」



私は『君主が正しくないと、家臣は外国に身を投じるもの』と聞いております、の意。


第八回 方弼方相反朝歌

黃飛虎見國政顛倒,。。。。。。。上前對諸位殿下言曰:「今日之變,正應終南山雲中子之言,古云『君不正,則臣生奸佞』。今天子屈斬太師杜元銑,治炮烙壞諫官梅伯,今日又有這異事。皇上清白不分,殺子誅妻,我想起來,那定計奸臣,行事賊子,他反在旁暗笑。可憐成湯 社稷,一旦丘墟,似我等不久終被他人所擄。」


昔から君主が正しくないと、奸臣や佞臣が出てくると言われれています、の意。

第十七回 蘇坦己置造蠆盆

膠鬲厲聲言曰:「『君乃臣之元首,臣是君之股肱。』又曰:「『亶聰明作元后,元后作民父母。』今陛下忍心喪德,不聽臣言, 妄行暴虐,罔有悛心,使天下諸侯懷怨,東伯侯無辜受戮,南伯侯屈死朝歌,諫官盡炮烙;今無辜宮娥,又入蠆盆。陛下只知歡娛於深宮,信讒聽佞,荒淫酗酒,真 如重疾在心,不知何時舉發,誠所謂大癰既潰,命亦隨之。陛下不一思省,只知縱慾敗度,不想國家何以如磐石之安。可惜先王克勤克儉,敬天畏命,方保社稷太平,華夷率服。陛下當改惡從善,親賢遠色,退佞進忠,庶幾宗社可保,國泰民安,生民幸甚。臣等日夕焦心,不忍陛下淪於昏暗,黎民離心離德,禍生不測,所謂 社稷宗廟非陛下之所有也。臣何忍深言,望陛下以祖宗天下為重,不得妄聽女侍之言,有廢忠諫之語,萬民幸甚!」

膠鬲は紂王に諫言した大夫(高官)で、蠆盆の刑を宣告され、摘星樓から飛び降りて自殺した。

『君乃臣之元首,臣是君之股肱。』は上に述べた<(紂)王と家臣の義務は対等>の思想で封神演義では何度もでてくる。<股肱>は今では聞かないが戦時中は天皇、国への忠誠心がらみからか使われていたようだ。
 

第十八回 子牙諫主隱磻溪

楊任奏曰:「臣聞治天下之道,君明臣直,言聽計從;為師保是用,忠良是親,奸佞日遠。和外國,順民心,功賞罪罰,莫不得當;則四海順從,八方仰德。仁政施於人,則天下景從,萬民樂業,此乃聖主之所為。今陛下信后妃之言,而忠言不聽,建造鹿臺。陛下只知行樂懽娛,歌舞宴賞, 作一己之樂,致萬姓之愁,臣恐陛下不能享此樂,而先有腹心之患矣。陛下若不急為整飭,臣恐陛下之患不可得而治之矣。主上三害在外,一害在內,陛下聽臣言。 其外三害:一害者東伯侯姜文煥,雄兵百萬,欲報父讎,遊魂關兵無寧息,屢折軍威,苦戰三年,錢糧盡費,糧草日艱,此為一害;二害者,南伯侯鄂順,為陛下無 辜殺其父親,大勢人馬,晝夜攻取三山關,鄧九公亦是苦戰多年,庫藏空虛,軍民失望,此為二害;三害者,況聞太師遠征北海大敵,十有餘年,今且未能返國,勝 敗未分,吉凶未定。陛下何苦聽信讒言,殺戮正士。狐媚偏於信從,讜言致之不問。小人日近於君前,君子日聞其退避。官幃竟無內外,貂璫紊亂深宮。三害荒荒, 八方作亂。陛下不容諫官,有阻忠耿,今又起無端造作,廣施土木,不惟社稷不能奠安,宗廟不能磐石,臣不忍朝歌百姓受此塗炭,願陛下速止臺工,民心樂業,庶 可救其萬一。不然,民一離心,則萬民荒亂。古云;『民亂則國破,國破主君亡。』只可惜六百年已定華夷,一旦被他人所虜矣。」


楊任も紂王に諫言した大夫(高官)で<剜二目(二つの目をえぐり取る)>の刑を受けたが、後日談がある。<奏曰>とあるので正式な建議だ。『民亂則國破,國破主君亡
。』 が出てくるまでに、<ほめことば>、<そしりことば>、<いさめことば>がかなり長いが枕詞のように置かれている。『民亂則國破,國破主君亡。』 民主的な考え方といえる。また出だしは二重括弧 』はないが<臣聞  . . . . . >とあるので、権威づけは薄いが、発話中の引用のようなものだ。

臣聞治天下之道,君明臣直,言聽計從;為師保是用,忠良是親,奸佞日遠。和外國,順民心,功賞罪罰,莫不得當;則四海順從,八方仰德。仁政施於人,則天下景從,萬民樂業,此乃聖主之所為。(臣は聞いております。天下を治める道とは君主は明、臣下は直、信頼できる臣の言(ことば)を聞き入れ、策に従う(注1)。補佐役を用い、忠良の臣を近づけ、奸臣、佞臣を遠ざける。外国と和し、民心に従い、功はほめ、罪は罰する。不適切なことはしない。しかして、四方八方あまねく従い、その徳を仰ぐ。仁政を人々に施せば、天下はこれに従い(注2)人々は皆苦なく生業を行う。これが聖主のすることでございます。

(注1)
言聽計從 (yán tīng jì cón)
【釋義】:聽:聽從。什麼話都聽從,什麼主意都採納。形容對某人十分信任。
【出處】:《史記·淮陰侯列傳》:“漢王授我上將軍印,予我數萬眾,解衣衣我,推食食我,言聽計用,故吾得以至於此。”
【例子】:鄧對於他也就和劉玄德之于諸葛孔明,幾幾乎是~的。(郭沫若《革命春秋·北伐途次》二十六)

(注2)  景從
如影隨形。 比喻追隨之緊或趨從之盛。


第二十回<散宜生私通費尤> の話は忠誠(忠義)、それに中国での賄賂問題を考える上でおもしろい。話はかなり長く、全訳は別の機会に譲るとして、関連個所を検討してみる。

西伯侯または姫昌(文王)は羑里城に七年ほど幽閉されており、長子の伯邑考(長子とはいっても正妻の子でないので跡継ぎには なっていない)が朝歌に赴いて紂王に父の幽閉を許してもらって国へ帰れるようにするくだりが前の話第十九回<伯邑考進貢贖罪>にあるのだが、結局妲己の嫉妬ともいうべき理由で殺され、しかもハンバーグ(肉餅)にされ、さらに紂王の案で父のもとにこのハンバーグが送られ、父はそれを食べさせられる、と言うグリム童話に出てきそうな話だ。姫昌の幽閉は明らかに冤罪(無実の罪)なのだが、姫昌は紂王、殷朝に対しては忠誠を貫き、息子の肉のハンバーグもそれと知りつつ食べてしまう。結局は文官の散宜生の費、尤二人への賄賂工作で姫昌は幽閉を解かれ、自国に帰ることになる。姫昌の忠誠(忠義)心については別のところで検討するとして、反商(殷)の言い訳の話に戻る。

 

第二十回  散宜生私通費尤

只見兩邊文武之中,有大將軍南宮适大叫曰:「公子乃西岐之幼主,今進貢與紂王,反遭醢屍之慘。我等主公遭囚羑里。雖是昏亂,吾等遠有君臣之禮,不肯有負先王;今 公子無辜而受屠戮,痛心切骨,君臣之義已絕,綱常之分俱乖。今東南兩路苦戰多年,吾等奉國法以守臣節,今已如此,何不統兩班文武,將傾國之兵,先取五關, 殺上朝歌,勦戮昏君,再立明主。正所謂定禍亂而反太平,亦不失為臣之節!」只見兩邊武將聽南宮适之言,時有四賢、八俊;辛甲、辛免、太顛、閎夭、祁公、尹積,西伯侯有三十六教習子姓姬叔度等,齊大叫:「南將軍之言有理!」眾文武切齒咬牙,豎眉睜目,七間殿上,一片喧嚷之聲,連姬發亦無定主。只見散宜生厲聲言曰:「公子休亂,臣有事奉啟!」發曰:「上大夫今有何言?」宜生曰:「公子命刀斧手先將南宮适拿出端門斬了,然後再議大事。」姬發與眾將問曰:「先生為何先斬南將軍?此理何說?使諸將不服。」宜生對諸將言曰:「此等亂臣賊子,陷主君於不義,理當先斬,再議國事。諸公只知披堅執銳,有勇無謀。不知老大王克守臣節,硜硜不貳,雖在羑里,定無怨言。公等造次胡為,兵未到五關,先陷主公於不義而死,此誠何心。故先斬南宮适,而後再議國是也。」公子姬發與眾將聽罷,個個無言,默默不語。南宮适亦無語低頭。宜生曰:「當日公子不聽宜生之言,今日果有殺身之禍。昔日大王往朝歌之日,演先天之數,七年之殃,災滿難足, 自有榮歸之日,不必著人來接。言猶在耳,殿下不聽,致有此禍。況又失於打點,今紂王寵信費、尤二賊,臨行不帶禮物賄賂二人,故殿下有喪身之禍。為今之計, 不若先差官一員,用重賄私通費、尤,使內外相應;待臣修書,懇切哀求。若奸臣受賄,必在紂王面前以好言解釋。老大王自然還國,那時修德行仁,俟紂惡貫滿盈,再會天下諸侯共伐無道,興弔民伐罪之師,天下自然響應。廢去昏庸,再立有道,人心悅服。不然,徒取敗亡,遺臭後世,為天下笑耳。」姬發曰:「先生之教為善,使發頓開茅塞,真金玉之論也。不知先用何等禮物?所用何官?先生當明以告我。」宜生曰:「不過用明珠、白璧、彩緞表裏、黃金、玉帶,其禮二分;一分 差太顛送費仲;一分差閎夭送尤渾。使二將星夜進五關,扮作商賈,暗進朝歌。費、尤二人若受此禮,大王不日歸國,自然無事。」公子大喜,即忙收拾禮物。



殷朝を倒して周王朝になる西伯侯の所領の大將軍南宮适の言い分。この個所二重括弧 』が無いので南宮适自身の意見ということになる。

公子乃西岐之幼主,今進貢與紂王,反遭醢屍之慘。我等主公遭囚羑里。雖是昏亂,吾等遠有君臣之禮,不肯有負先王;今公子無辜而受屠戮,痛心切骨,君臣之義已絕,綱常之分俱乖。今東南兩路苦戰多年,吾等奉國法以守臣節,今已如此,何不統兩班文武,將傾國之兵,先取五關, 殺上朝歌,勦戮昏君,再立明主。正所謂定禍亂而反太平,亦不失為臣之節!

公子: 長子の伯邑考のこと。
不肯有負先王: ここでは前後の内容から<殷朝の先王(たち)に対しては責任を負うことはしない>の意だろう。
君臣之義已絕,綱常之分俱乖: 君臣間の義は途絶え、綱常(三綱五常)(注3)はばらばらになっている。
 
(注3)綱常(三綱五常

これはよく出てくる決まり文句。ほかの箇所でも説明した。

三綱:君為臣綱,父為子綱,夫為妻綱。
五常:五種儒家認定的人倫関係的原則:仁、義、礼、智、信


細かく言うと、この前に<君臣之義已絕>とあるので、<君臣間の義>は重複している。

 このような状況であると<殺上朝歌,勦戮昏君,再立明主>してもいい、と言う主張だ。

<正所謂定禍亂而反太平,亦不失為臣之節!>は反語で、<正に、禍(わざわ)いと混乱を定常化し、太平に戻すのに反対する愚で、家臣の節度、常識を失っていいのか!>といった意だ。

武官や四賢、八俊はこの南宮适の主張に賛成するのだが、文官の長、上大夫の散宜生は反対して武王(文王の正妻の長子で跡継ぎ)に進言する。

宜生曰:「公子命刀斧手先將南宮适拿出端門斬了,然後再議大事。」姬發與眾將問曰:「先生為 何先斬南將軍?此理何說?使諸將不服。」宜生對諸將言曰:「此等亂臣賊子,陷主君於不義,理當先斬,再議國事。諸公只知披堅執銳,有勇無謀。不知老大王克守臣節,硜硜不貳,雖在羑里,定無怨言。公等造次胡為,兵未到五關,先陷主公於不義而死,此誠何心。故先斬南宮适,而後再議國是也。」


趣旨は<幽閉されている文王の立場や現状を考えずに無謀なことは避けた方がいい>という提案なのだが、<まず南宮适を斬れしかして議論を進めよ>と大胆ともいえる発言をしている。もっとも、これはこのあとに出てくる賄賂策による文王の幽閉解除の案があったためだろう。ここでも文王の紂王にたいする臣(諸侯)としての節操、<臣節>がでてくる。南宮适の実直だが、状況分析が浅い見通しと提案に比べると散宜生の提案は状況分析が深いと言える。南宮适、散宜生はこの後も登場してくる。文官、武官の対比も封神演義の読みどころだ。






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