第 一回 紂王女媧宮進香
日本語訳
成湯は黃帝の後裔で、姓は子氏。そもそも帝嚳の第二妃簡狄が(婚姻と出産の神)高禖にお祈りしていたところ、縁起のいい玄鳥が現われ、後に契を生んだ。契は唐虞(唐堯、虞舜の略称、つまり堯、舜のこと)の司徙(民衆教化と行 政事務担当長官)となり、人民の教育に功があり、商(ある地域)に封じられ た。契から十 三世目として太乙が生まれ、この太乙が成湯だ。成湯は伊尹という人物が有莘の野で畑仕事をしながらも堯舜の道を楽しんでいる大賢人、と聞き、すぐに招聘状を持たせた三遣使を送って雇うことにした。しかしあえて自分では用いずに天子に推薦した。しかし天子桀王は徳がなく,讒言を信じ、賢人を追い払うたちで伊尹をうまく用いることはできず、伊尹は成湯のもとに戻った。(注1) その後も桀王は日々荒れて淫(みだ)らな生活を続け、剛直な家臣の關龍逢を殺したこともあり、敢えて直言する人はいなくなってしまった。湯は人を遣ってこの死を嘆かせた。 桀王は怒り、湯を夏台に囚人とした。後(のち)湯は 釈放され帰国を許された。外に出てみると、網を四面に張っている者が「四方からくるもの皆我が網に入れ!」と祈願してい た。しかし湯は網の三面を開け、一 面だけを残した。さらに「左に行きたい者は左へ行け、右に行きたい者は右へ行け,上に行きたい者は上に行け、下に行きたい者は下に行け。わが網に入ってくることを命じる必要はない!」と祈願した。(注2) 漢南の諸侯たちはこれを聞いて言った。 「湯の德はかく至れり!」 帰属する者は四 十余りの国に及んだ。一方桀は日に日に悪辣、凶暴になり、民は日に日に生活が苦しくなった。伊尹は湯と組んで桀を征伐をすることにし、桀を南巢に追いやった。諸侯は大会議を開いた。湯は諸侯の位に退いたが、諸侯は皆湯を天子にする ことに合意した。これが湯の天子即位の始まりだ。都は亳に置いた。湯の在位元年は乙未の年で、桀の虐政を除き,人民の願いを聞き入れ、遠き者も近き者も帰国させた。桀が非道であったためか、湯の即位後も大干ばつが七年も続いた。成湯は桑林の舞で祈禱し、天から大雨を降らした。また莊山の金を使って貨幣を鋳造し、民を富ませて命を救った。「大濩」というものを作ったが,濩とは護の意である。湯は仁寬(ひろ)く德大にして、人民の生活を救う能力があった。在位十三年にして崩じたが、齢(よわい)は百歲であった。成湯が創 始した周 王朝は殷(商)王朝 を受けて六百四十年続いた。
成湯 太甲 沃丁 太庚 小甲 雍己
太戊 仲丁 外壬 河亶甲 祖乙 祖辛
沃甲 祖丁 南庚 陽甲 盤庚 小辛
小乙 武丁 祖庚 祖甲 廩辛 庚丁
武乙 太丁 帝乙 紂王
紂王は帝乙の第三子。帝乙は三子あり:長男は微子啟、次男は微子、三男は壽王。帝乙が御園で遊んだおり、文武官たちが牡丹鑑賞していた時に,飛雲閣の梁 (はり)の一つが倒れてきた。壽王は柱でその梁を支えて、その力の強さ見せつけた。 首相の商容、上大夫の梅伯、趙啟等は東宮を立てる建議で,末っ子の壽王を太子に推した。帝乙は在位三十年で亡くなったが、太師の聞仲に託して壽王を天子と した。名は紂王、都を朝歌に置いた。文では太師の聞仲があり,武では鎮国武成王の黃飛虎がいた。文は国を安らかにでき,武は国を固めることができる。正室の中宮は姜氏、西宮妃は黃氏、馨慶宮妃は楊氏であったが、三宮の后妃は皆性質は貞淑、柔和であった。紂王は太平の世を享受し、民は皆仕事にいそしみ、天候は良好、国、民(たみ)とも平穏無事。四方八方の異民族は拱手して服し、八百の諸侯は商(殷)を朝として順(したが)った。四大諸侯は八百の小諸侯を率い治めていた。四大諸侯とは東魯に居していた東伯侯の姜桓楚、南伯侯の鄂崇禹,西伯侯の姬昌,北伯侯の崇侯虎であった。各大諸侯は二百の小鎮の諸侯を治めたので,あわせて八百鎮の諸侯が商に属してい た。
紂王の七年目、春二月朝歌に突然知らせが入ってきた。北海七十二路の諸侯袁福通等が反旗をひるがえしたのだ。太師の聞仲が北征の命をうけた。だがその話はここではしない。ある日紂王が朝早く朝廷に上がると、文武官たちが集まっていた。その様子はというと、もくもくと雲霞が立ち、金鑾殿に君主が座り、光線が旋回し、白玉の階段の前に文武官たちが並び、さらに八百の金爐から沉檀の香の煙が噴き出し、珠の簾が高く捲き上げられ、蘭、麝(香料)の香が漂い、籠冠をかぶり、寶扇を持ち、雉の尾羽 を頭に載せた高官たちが集まっている、というものであっ た。
天子は宮廷御者に言った。「申し出がある者は前に出よ。なければこれにて解散。」 と言いかけたところで、右の列から一 人が前に出て、金の階段の下にひれ伏し、象牙の笏を高くかかげ、おもむろに名乗り出て言った。「わたくしめの名は商容、宰相の役を仰(おお)せつかり,政務を司(つかさ)どっておりますが、申し上げることがあります。明日は三月十五日で女媧様の誕生日であります。陛下に置かれま しては女媧宮にお出であそばれ線香を焚くよ う願いたします。」王は言った。「女媧には何の功德があって,わしが輿に乗って線香をあげに行くのか?」 商容は答えた。「女媧様は上古の女神で、生まれながらに聖德があった方です。昔、この世界の創世のころ共工氏が不周山に頭をぶつけて,天が西北の方で傾き、地が東南の方で陥没した時、女媧様は五色の石を集め、火で溶かした物で穴が開いた天を補強し、人々の命を助け功があり、これにより人々は火 を焚(た)き、ささげものを焼き、煙に してこの恩に報いているのです。」(注3) 今朝歌はこのありがたき神様をおまつりしてお ります。そのためいつも天下は太平、王朝は長く続き,天候は順調、災害も無いのであります。女媧様は国に福をもたらし 民を守る神でありますので、陛下は女媧宮に行かれ線香をお焚きになるよ うお願いしたします。」 王は言った。「その方の申し出は受けよう。」 紂王は御殿に帰り、女媧宮に出かけることを伝えた。翌日天子は輿に乗り文武の両班を付き従えて、女媧宮に線香を焚きに出かけた。── このたびは紂王は女媧宮に行かな い方がよかったようだ。なぜなら女媧宮に行くと、世の中は荒れ狂い、人々を不 安におとしいれることになるからだ。これぞまさに「水みなぎる川に釣り糸を垂れた。さあ、これから何が釣れるかお楽しみ。」といったところだ。その時の様子は次の詩が明らかに する:
天子鑾輿出鳳城,旌旄瑞色映簪纓。-天子輿 (こし)に乗りて鳳 城を出(い)づ。旗 の縁(ふち)の 色飾り冠の色に映える。
龍光劍吐風雲色;赤羽幢搖日月精。-龍光の剣は風雲の色を吐き、赤き羽の幟(のぼ り)は日精、月精を揺りおこす。(注4)
堤柳曉分僊掌露;溪花光耀翠裘清。-両岸の柳はサボテンの上の露を明らかにし、谷間の花は輝きて、緑の皮袋を清らかにす。
欲知巡幸瞻天表,萬國衣冠拜聖明。 -天子のお出かけ姿を見んと欲し、国中の高官たちは衣冠を正して天子を拝むなり。
朝歌南門を輿で出ると,家家は火を 起こして香を焚き、戸々は色とりどりの絹布を結び、絨毯を敷く。三千の鉄鎧の騎兵,八百の御林兵,武成王の黄飛虎が天子を守り,朝廷の文武官が皆つき従った。 女媧宮の前に至りて、天子は輿から降り大殿に上る。爐の中で香がたかれ、文武官たちは班ごとに従って参拝を終えた。紂王は殿中の華麗な様子を見た。その様子は次の如し。
殿前は華麗にして,五彩、金で塗られ、童児は対になって金色の飾り旗を持ち、女子はこれまた対になって玉(ぎょく)の如 意(注5)を捧ぐ。玉の鉤(かぎ)飾り斜に掛かりて、半月の空に懸かりたる似たり。緞帳は回り舞い(注6)、 対になったたくさんの色とりどりの鸞が北斗七元星君を拝む。(注7) 碧が床の縁に置かれ、鶴の舞、鸞の飛翔が描かれている。寶座に沈香あり、龍が走り鳳が飛ぶ。その飛ぶ様と色彩は尋常ならず,金の爐に霞のごとき縁起の良い煙。その紫の煙もくもくと立ちのぼり、銀の燭は煌々と光る。君王まさにかくにごとき女媧宮の光景を見ようとせし時、一陣の荒れ狂った風が吹き抜けて肝を冷やす。
紂王が正に此の宮殿の構えの見事さ、樓閣の豪華さを見ているときに、にわかに一陣の狂ったような風が吹き、緞帳を巻き上げ、女媧聖像が現われた。その容貌は端麗、光り輝いて優美、類まれなる美 しさ、婉然たること生けるがごと し。正にこれ蕊宮仙子が人間世界に降りてきたのか。はたまた月殿の嫦娥が下界に降りて来たのか。されど昔の言葉に言う: 「国盛んなときには吉兆があり、国滅びんとするときには妖怪がでてくる。」 紂王は女媧聖像を一見すると、気持ちは浮かれだし、けしから ぬ思いが起き上がってき た。ひそかに思った:朕は天子なれば、広い世界にいて、六院三宮がある。しかしてこのような美人はいるのか?。 王は言った:「文房四寶を 持ってこい。」 侍駕官がすぐに取ってきて紂 王に渡した。天子は筆 にたっぷり墨をつけ, 詩を一首作って行宮の壁の上に書いた:
「鳳鸞寶帳景非常,- 鳳鸞が描かれた寶 帳の眺めは常ならず、
盡是泥金巧樣粧。 - 壁は化粧のように巧みに金が塗り尽くされ。
曲曲遠山飛翠色; - 曲がりく ねった遠くの山山は翡翠色、
翩翩舞袖映霞裳。 - 軽やかに舞う袖 と裳は雲霞(くもかすみ)。 (翩翩:形容輕快地旋轉舞動的樣子)
梨花帶雨爭嬌豔; - その姿のあでやかさ梨の花雨を帯びたるごと、
芍藥籠煙騁媚粧。 - はたま た芍藥のごと、眉の美しきはさらなり。 (注8)
但得妖嬈能舉動, - そのなやましげなしぐさあらば
取回長樂侍君王。」- 王に侍(はべ)る楽しみを長らく得ることできむ。
天子は作り終えると、 首相の商容が言うのを聞いた: 「女媧は上古の正神,朝歌の福の神。老臣は女媧神に詣でて線香をあげ、福と德を祈り、人みな不安なく、気候は穏やか、兵火のない平和、を願うものです。今陛下は聖明な女媧さ まを 冒瀆(ぼうとく)するような詩 を作 り、敬虔(けいけん)さ、誠が豪もありませんので、神聖な らずの罪を受けましょう。天子巡幸して祈願する礼に外れます。願わく は主公におかれましては水でお清めを。天下の民が見ており、天子が德政を 行っているか否か不信を抱くことになりましょう。」 王は行った。:「朕は女媧の絕世の美しい姿を見て、詩を作って賛美したまでで、他に意図があろうか?卿は多言を慎みたまえ。況やわしは天子(萬乘之尊)(注9)で、万民が見ているのは知っている。女媧神の美貌が絕世で、わしがこれを見て、 詩に残して、それ見てもらうのだ。」といって朝廷に帰った。文武百官はただ黙って首をたてに振り、敢えて正すものなく、みな口をとざして 帰って行った。詞にいわく:
鳳輦龍車出帝京,- 天子の乗った 車は帝都を出(い)で (鳳輦龍車=屋根に鳳龍が ある天子の乗るミコシ)
拈香釐祝女中英;- 女中英主の女媧神を 祝って香をたく (女中 英=女媧)
只知祈福黎民樂,- これただ民の安楽を祈る、と思いきや、
孰料吟詩萬姓驚。- 詩を吟じるとは意も意もよらず、人々みな驚きたり。(孰料=没有想到)
目下狐狸為太后;- ほどなく狐狸(くり)が天子の妃(きさ き)となり (注10)
眼前豺虎盡簪纓。- 今やけだものまがいが貴人となる。(注10)
上天垂象皆如此,- 天が人 に示すのは皆かくのごとく、(注 11)
徒令英雄歎不平 - 英雄が不 平を嘆くは空しかるべし。( 徒:空(から)、徒 手。徒劳(無益))
天子は宮殿に戻り、龍德殿に登った。多くの人が朝賀に参 じ、そして去っていっ た。時は辰時(朝 7- 9時)、三宮の妃后の朝見の時間で中宮の姜后、西宮の黃妃、馨慶宮の楊妃が朝見 し、終えると退いた。この場面についてはこれまで。
ところで女媧はといえば、誕生日の三月十五日に火雲宮におもむいて伏羲、炎帝、軒轅の三聖に朝賀してから戻り、青鸞(注12)をしたがえて寶殿(女媧宮)に戻り座っていた。玉の女子と金の童子が朝賀し終えると、にわかに頭を上げ、壁に書かれた詩を見て、大いに怒って言った。 「殷朝は不道徳なバカ天子は天下を治めるのに必要な修身立德を思わないどころか、上天を恐れず、さらには私をからかうような詩を作り、はなはだしい限りだ。かつて成湯が桀を滅ぼし、 天下を取って以来六百余年 になるが、いまや滅びる天命だ。もし紂王に報復してやらなければ私の魔力がわからないだろう。」 (注13) そしてすぐに碧霞童子を呼んで青鸞に乗って朝歌に行かせた。だが、この話はしない。
ところで二人の殿下殷郊、殷洪は父王にあいさつにやってきた。殷郊は後に「封神榜」上では「值年太歲」(注14);殷洪は「五穀神」でそれぞれ有名な神將だ。二人があいさつする間,頭上では二筋の赤い光が天に向かってのぼった。女媧もこれを見に行くと きこの赤い光が女媧の行く雲 路をさえぎった。下を見たが、紂王がなおも二十八年の気運があるのを知るや、急いで下手なまねはできないと思い、とりあえず行宮に戻ったが、心中は楽しくなかった。彩雲童兒を呼んで後宮にある金葫蘆(ヒョウタン)を取って来させ、丹墀の下に置かせた。葫蘆の蓋をあけて手でひとなですると, 葫蘆の中から一筋の白光が出てきて、その高さが四五丈あまりに達した。白光線の上部にひとつの旛(旗の一種)が出てきた。旛は五彩に輝き,五彩は千条の筋を映し出した。この旛の名は「招妖旛」。まもなく、悲しき風が吹き、慘めな霧がただよい,陰気な雲が四方に広がり、風が数陣吹き過ぎて行った。天下の群妖たちはみな行宮に行き女媧の言うことを聞いた。それが終わると、女媧は彩雲に命じて言った:「妖魔はみな退くように。ただし軒轅墳の中の三妖は留まるように」と。三妖は進んで宮に參じると言った:「女媧さま、とこしえに生きられんことを」と。この三妖は、一人は千年狐狸精、一人は九頭雉雞精、一人は玉石琵琶精で丹墀にひれ伏した。女媧は言った。「三妖よ、わが密旨を聞け。成湯(殷朝)の行く先は真っ暗で、天下を失うことになる。鳳は岐山に鳴き、西周はすでに聖主を生んでいる。天意はすでに定まれり。運命に従って事は運ぶのだ。お前たち三妖は妖形を隠すことができるので、妖形を隠して宮院に身を託し,天子の心を惑わせ、武王の伐紂を待ち,それを助けて成功に導くのだ。民の生活を害してはならぬ。事成った後、お前たちを無事成仏させてやろう。」女媧が こう言い終わると三妖は頭を下げてお礼をし、清風に変じて去っ た。これぞまさに狐狸が妖術を使う命を受け、成湯六百年の天下に終止符を打つことになるのだ。これを示す詩があり、その詩いわく:
三 月中旬駕進香、- 三月中旬女媧宮 に詣(もう)で香を焚く、
吟 詩一首起飛殃。- 詩一首吟じて禍(わざわい)をまねく。
只 知把筆施才學、- 筆をもってその才学を誇ることは知れども、
不 曉今番社稷亡。- 今まさに社 稷滅びんことを知らず。
ここで女媧は三妖にいろいろ言うのだが,省略。
さて紂王は女媧宮詣での後、その時見た女媧の美貌が忘れられず、朝昼思い続け、寒さ暑さも忘れ、寢食もままならず、六院三宮(注19)の女性たちを見るたびに、これまさに塵できた飯(めし) 土でできた羹(スープ)のごときで用をなさず、仔細に見ることができず、終日このことで心がやすまらず、憂鬱で楽しからざる気持ちであった。ある日顯慶殿に登った時に,いつも紂王のそばにいるのだが、紂王はにわかに思い立ち、中諫大夫の費仲に命じた。この費仲は紂王の倖(ねい)臣で、最近は聞仲太師が、天子の命で北海地方の乱れを治めるため、大兵をもって遠征に出て、外の防衛で功を立てんとしていた。そのため紂王は費仲、尤渾の二人をかわいがるようになっていた。この二人朝となく昼となく天子を惑わし、讒言をし、媚を売っていたが 紂王はこの二人の言うことに従わないことがないようになっていた。大抵(たいてい)天下が危うくなるのは佞臣が活躍する時だ。ほどなくして費仲が朝見したとき、天子は言った。「わしは女媧宮に詣でて香を焚いたが、たまたま見たあの顏の美しさは絕世で、この世に二つとないだろう。三宮六院(注15)は我が意にかなわぬ。いかがしたものか?費仲卿、わが心を慰むる何か策はないか?」 費仲奏していわく「陛下は萬乘之尊、富はあまねく四海に及び、德は堯、舜に並び、天下にあるものせべてみな陛下のものであります。手に入いらぬ ものがありましょうか?得られぬものは無いのでございます。 陛下は明日命令を下し、あまねく諸侯に「各鎮ごとに美女百名を選ばせ王 庭をみたせ」と命 是られればればどうでしょうか。天下の絶世美人が天子に選ばれんとやって来るでしょう。」 紂王大いに喜び:「費仲卿の申すことははなはだわが意にかなう。明日早朝その旨を発することにしよう。卿はしばし退いてよい。」と言って御車に車を宮に戻るよう命じた。さて一体これから何がおこるのか。それは次回の話で明らかになる。
(注1)伊尹
<伊尹>につて は日本語-Wikiに次のような解説がある。
伝説によれば、伊尹の 母は大洪水に巻き込まれ桑の大木と化し、その幹から伊尹が生まれたという。そこから伊尹は洪水神であると見る説が存在する。
成人後は料理人として 或る貴族に仕え、主人の娘が商の君主・子履 (し・り、後の天乙) に嫁ぐ際に、その付き人として子履に仕える。そこでその才能を子履に認められ、商の国政に参与し重きを成した。
商が夏を滅ぼす際にも 活躍し (鳴条の戦い(中国語版)) 、商(殷)の成立に大きな役割を果たし、伊尹は阿衡 (あこう)として天乙を補佐し、数百年続く商の基礎を固めた。
天乙の死後、その子に 当たる外丙と仲壬の二人の王を補佐した後、天乙の孫・太甲が即位すると、伊尹は引き続きこれを補佐する。しかし、太甲は放蕩を重ね国政を乱したの で伊尹は太甲を桐 (と う)に追放し、自らは摂政としてこれに代わった。3年後、太甲が悔い改めたのを確認すると、再び彼を王に迎え自らは臣下の列に復 した。
伊尹は太甲の子・沃丁の時代に世を去ったという。
本文中の系図と食い違うところがあるが、なにせ太古の話なので、さほどこだわることはない。封神演義でいえば、 主人公の(姜)子牙と似たところがあるので取り上げたのだろう。
(注2)「欲左者左,欲右者右,欲高者高,欲下者下;不用命者乃入吾網!」
この成湯の 話もよく知られているようだ。ところで、この話はなにをいっているかと言うと<徳による統治> なのだ。いわゆるかたぐるしい道徳とはち がって予想外に自由意思が重視されている。
(注3)女媧
この個所は女媧伝説の概要だ。古い話なので、いろいろ違った話があるようだ が、ここでは深 入りしない。女媧は見方によっては封神演義のかくれた主人公といえる。あとから次のような発言がある。
「三妖よ、わが密旨を聞け。成湯(殷朝)の行く先は真っ暗で、天下を失うことになる。鳳は岐山に鳴き、西周はすでに聖主を生んでいる。天意はすでに定まれり。運命に従って事は運ぶのだ。お前たち三妖は妖形を隠すことができるので、妖形を隠して宮 院に身を託し,天子の心を惑わせ、武王の伐紂を待ち,それを助けて成功に導くのだ。民の生活を害してはならぬ。事成った後、お前たちを無事成仏させてやろう。」
(注4)搖日月精
日精、月精を揺りおこす。<日月 精>は妖怪に関して出てくる。妖怪になるためには時間がかかる。日月の<精>を長い時間を かけて吸収する必要があるのだ。
(注5)如意
玉(ぎょく)でできた装飾品。 孫悟空が持っているは如意棒はこの如意の 一種。
(注6)寶 帳婆娑
日本語では娑婆=<しゃば>というのがある。<娑婆に出る>のような特殊な意味があるが、これは 仏教用語か。ここでの中国語は順序が逆で婆娑 <ばしゃ>。
婆娑 pósuō
[wirl,dance]∶形容盘旋和 舞动的样子
と言う解説がある。
(注6)萬對彩鸞朝斗
朝斗は
道家謂朝拜北 斗七元星君。(あさ北斗七元星君を拝むこと)、と言う解説がある。
(注8) 梨花帶雨、 芍藥籠煙
<梨花 帶雨> は美人の形容の決まり文句で、この後も妲己の描写で幾度かでてくる。
<芍藥 籠煙>は四字成語だが、少 し込み入っている。芍藥(しゃくや く)は<立てば芍薬、座れば牡丹、XXXX> で美人の形容。<籠煙>の籠は<かご>のことだが、ここでは <かごで覆う>の意。もともとは景 色が<けむり、きり、もやで籠で 覆われたようにはっきりしな い>美のことなのだが、これは 景色ではなく、美人の眉のこと をいっている。美人の眉は濃 すぎたり、はっきりし過 ぎてはいけないのだ。中国小説でも う一人の美人の代表は紅楼夢の林黛玉で、その形容に
「兩彎似蹙非蹙籠烟眉」
というのがあり、「籠烟眉」と言うらしい。<蹙>は <顰蹙(ひんしゅく)を買う>の顰蹙の<蹙> で、<眉を寄せる>だ。ただし籠烟眉の<籠>以外に字も使われており、結局むかしの人も<籠煙> の意味は心もとなかったようだ。
(注9)萬乘之尊
一万車 両の兵車(戦車)を 動かせる尊い人、すなわち天 子。
(注10) 狐狸、豺虎
この二句は対句。狐狸は文字通りでは<狐と狸(タヌ キ)>。日本では一 般的に狐は人を化(ば)かし、狸は自分自身が化ける のだが、中国では狐も狸も化かしたり化けた りするようだ。豺虎は恐ろしい獣(けだもの)の代表。
(注11)上天垂象-四字成語
上天象を垂(た) れる。つまりは<天 は様々な現象を示す>ということ。
(注12)青鸞
鸞(らん)は昔日本に来た中国の坊さん親鸞の鸞で、中国の伝説、神話、想像上の鳥。 したがって形は想 像にまかせればいいのだが、青色の尾が長いキ ジとを連想すればいい。 鳳凰(ほうおう)という鳥が創造できれば、青色の鳳凰でもいい。
”
青鸾又称苍鸾,从古至今,青鸾被赋予了许多层涵义,最常见的一种说法为:青鸾是常伴西王母 的一种神鸟,多为神仙坐骑。赤色多者为凤,青色多者为鸾。也是传说中的五方神鸟之一。
”
ところ で上の中国語の説明によると、この青鸞、色々と話しがあるようだが、基本的には女媧ではなく西王母とコンビなのだ。西王母は<西王母是所有女仙及天地间一切 阴气的首领>(baike)ということなのだが、封神演義では表だって出てこない。青鸞も西王母の神話はおもしろそうだが、ここでは深入りしない。
(注13)
このところの女媧の発話はストーリ上重要で、大体これに沿って話は進む。見方を変えると封神演義は女媧の意図に沿って進むことにな る。つまりは女媧が敵視した紂王が悪者(ワルモノ)、女媧が味方についた文王、武王が正義の味方ということでストーリが進む。だが、これが作者の意図、真意かというと、そう簡単ではない。 読者から見ると紂 王以上に悪者で憎まれ役は妲己なのだが、妲己は女媧が部下の女妖怪を化けさせた者、いわば女媧が作り出し、絶世の美人ではあるが女媧の意図で働くバケモノで、人ではないなのだ。
(注14) 值年太歲
道教用語
Chinese -Wiki の<六十甲子神列表>につぎのような説明がある。
此為六十位值年太歲星君之神名,以太歲大威力至德元帥殷郊星君為總管。
つまりは<>は六十甲子神々のボスなのだ。
(注15) 六院三宮、三宮六院
俗に<三宫六院七十二嫔妃>と言うことで、日本でいえば昔の大奥だろう。天子(殿様)のために数多くの女性がいるところ。三宮は演封神演義 では上述のように、正 室の中宮は姜氏,西宮妃は黃氏,馨慶宮妃は楊氏。
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原文 From: http://open-lit.com/listbook.php?cid=1&gbid=17&bid=654&start=0
成 湯乃黃帝之後也,姓子氏。初,帝嚳次妃簡狄祈於高禖,有玄鳥之祥,遂生契。契事唐虞為司徙,教民有功, 封於商。傳十三世生太乙,是為成湯;聞伊尹耕於有莘 之野,而樂堯舜之道,是箇大賢,即時以幣帛,三遣使往聘之,而不敢用,進之於天子。桀王無道,信讒逐 賢,而不能用,復歸之於湯。後桀王日事荒淫,殺直臣關 龍逢,眾庶莫敢直言;湯使人哭之。桀王怒,囚湯於夏台。後湯得釋而歸國。出郊,見人張網四面而祝之曰: 「從天墜者,從地出者,從四方來者,皆罹吾 網!」湯解其三面,止置一面,更祝曰:「欲左者左,欲右者右,欲高者高,欲下者下;不用命者乃入吾 網!」漢南聞之曰:「湯德至矣!」歸之者四十餘國。桀惡 日暴,民不聊生。伊尹乃相湯伐桀,放桀於南巢。諸侯大會,湯退而就諸侯之位。諸侯皆推湯為天子。於是湯 始即位,都於亳。元年乙未,湯在位,除桀虐政,順民 所喜,遠近歸之。因桀無道,大旱七年,成湯祈禱桑林,天降大雨。又以莊山之金鑄幣,救民之命。作樂「大 濩」,濩者護也,言湯寬仁大德,能救護生民也。在位 十三年而崩,壽百歲,享國六百四十年,傳至商受而止:
成湯 太甲 沃丁 太庚 小甲 雍己
太戊 仲丁 外壬 河亶甲 祖乙 祖辛
沃甲 祖丁 南庚 陽甲 盤庚 小辛
小乙 武丁 祖庚 祖甲 廩辛 庚丁
武乙 太丁 帝乙 紂王
紂 王乃帝乙之三子也。帝乙生三子:長曰微子啟;次曰微子衍;三曰壽王。因帝乙游於御園,領眾文武玩賞牡丹,因 飛雲閣塌了一梁,壽王托梁換柱,力大無比; 因首相商容、上大夫梅伯、趙啟等上本立東宮,乃立季子壽王為太子。後帝乙在位三十年而崩,托孤與太師聞仲, 隨立壽王為天子,名曰紂王,都朝歌。文有太師聞 仲,武有鎮國武成王黃飛虎;文足以安邦,武足以定國。中宮元配皇后姜氏,西宮妃黃氏,馨慶宮妃楊氏;三宮后 妃,皆德性貞靜,柔和賢淑。紂王坐享太平,萬民 樂業,風調雨順,國泰民安;四夷拱手,八方賓服,八百鎮諸侯盡朝於商──有四路大諸侯率領八百小諸侯,東伯 侯姜桓楚,居於東魯,南伯侯鄂崇禹,西伯侯姬 昌,北伯侯崇侯虎;每一鎮諸侯領二百鎮小諸侯,共八百鎮諸侯屬商。
紂 王七年,春二月,忽報到朝歌,反了北海七十二路諸侯袁福通等。太師聞仲奉敕征北。不題。一日,紂王早朝登 殿,設聚文武。但見:
瑞 靄紛紜,金鑾殿上坐君王;祥光繚繞,白玉階前列文武。沉檀八百噴金爐,則見那珠簾高捲;蘭麝氤氳籠寶扇,且 看他雉尾低回。
天 子問當駕官:「有奏章出班,無事朝散。」言未畢,只見右班中一人出班,俯伏金階,高擎牙笏,山呼稱臣:「臣 商容待罪宰相,執掌朝綱,有事不敢不奏。明日乃 三月十五日,女媧娘娘聖誕之辰,請陛下駕臨女媧宮降香。」王曰:「女媧有何功德,朕輕萬乘而往降香?」商容 奏曰:「女媧娘娘乃上古神女,生有聖德。那時共 工氏頭觸不周山,天傾西北,地陷東南;女媧乃採五色石,煉之以補青天,故有功於百姓。黎庶立禋祀以報之。今 朝歌祀此福神,則四時康泰,國祚綿長,風調雨 順,災害潛消。此福國庇民之正神,陛下當往行香。」王曰:「准卿奏章。」紂王還宮。旨意傳出;次日天子乘 輦,隨帶兩班文武,往女媧宮進香。──此一回紂王 不來還好,只因進香,惹得四海荒荒,生民失業。正所謂:「漫江撤下鉤和線,從此釣出是非來。」怎見得,有詩 為證:
天子鑾輿出鳳城,旌旄瑞色映簪纓。龍光劍吐風雲色;赤羽幢搖日月精。
堤柳曉分僊掌露;溪花光耀翠裘清。欲知巡幸瞻天表,萬國衣冠拜聖明。
駕 出朝歌南門,家家焚香設火,戶戶結綵鋪氈。三千鐵騎,八百御林,武成王黃飛虎保駕,滿 朝文武隨行。前至女媧宮。天子離輦,上大殿,香焚爐中;文武隨班拜賀畢。紂王觀看殿中華麗。怎見得:
殿 前華麗,五彩金粧;金童對對執旛幢;玉女雙雙捧如意。玉鉤斜掛,半輪新月懸空;寶帳婆娑,萬對彩鸞朝斗。碧 落床邊,俱是舞鶴翔鸞;沉香寶座,造就走龍飛鳳。飄飄奇彩異尋常,金爐瑞靄:裊裊禎祥騰紫霧,銀燭輝煌。君 王正看行宮景,一陣狂風透膽寒。
紂 王正看此宮殿宇齊整,樓閣豐隆,忽一陣狂風,捲起幔帳,現出女媧聖像,容貌端麗,瑞彩翩
「鳳鸞寶帳景非常,盡是泥金巧樣粧。曲曲遠山飛翠色;翩翩舞袖映霞裳。
梨花帶雨爭嬌豔;芍藥籠煙騁媚粧。但得妖嬈能舉動,取回長樂侍君王。」
天 子作畢,只見首相商容啟奏曰:「女媧乃上古之正神,朝歌之福主。老臣請駕拈香,祈求福德,使萬民樂業,雨順 風調,兵火寧息。今陛下作詩褻瀆聖明,毫無虔敬 之誠,是獲罪於神聖,非天子巡幸祈請之禮。願主公以水洗之。恐天下百姓觀見,傳言聖上無有德政耳。」王曰: 「朕看女媧之容有絕世之姿,因作詩以讚美之,豈 有他意?卿毋多言。況孤乃萬乘之尊,留與萬姓觀之,可見娘娘美貌絕世,亦見孤之遺筆耳。」言罷回朝。文武百 官默默點首,莫敢誰何,俱鉗口而回。有詩為證:
鳳輦龍車出帝京,拈香釐祝女中英;只知祈福黎民樂,孰料吟詩萬姓驚。
目下狐狸為太后;眼前豺虎盡簪纓。上天垂象皆如此,徒令英雄歎不平。
天 子駕回,陞龍德殿。百姓朝賀而散。時逢望辰,三宮妃后朝君:中宮姜后,西宮黃妃,馨慶宮楊妃,朝畢而退。按 下不表。
且 說女媧娘娘降誕,三月十五日往火雲宮朝賀伏羲、炎帝、軒轅三聖而回,下得青鸞,坐於寶殿。玉女金童朝禮畢, 娘娘猛抬頭,看見粉壁上詩句,大怒罵曰: 「殷受無道昏君,不想修身立德以保天下,今反不畏上天,吟詩褻我,甚是可惡!我想成湯伐桀而王天下,享國六 百餘年,氣數已盡;若不與他個報應,不見我的靈感。」即喚碧霞童子駕青鸞往朝歌一回。不題。
卻 說二位殿下殷郊、殷洪來參謁父王──那殷郊後來是「封神榜」上「值年太歲」;殷洪是「五穀神」:皆有名神 將。正行禮間,頂上兩道紅光沖天。娘娘正行時,被此氣擋住雲路;因望下一看,知紂王尚有二十八年氣運,不可 造次,暫回行宮,心中不悅。喚彩 雲童兒把後宮中金葫蘆取來,放在丹墀之下;揭起蘆蓋,用手一指。葫蘆中有一道白光,其大如線,高四五丈有 餘。白光之上,懸出一首旛來,光分五彩,瑞映千 條,名曰「招妖旛」。不一時,悲風颯颯,慘霧迷漫,陰雲四合,風過數陣,天下群妖俱到行宮聽候法旨。娘娘吩 咐彩雲:「著各處妖魔且退;只留軒轅墳中三妖伺 候。」三妖進宮參謁,口稱:「娘娘聖壽無疆!」這三妖一個是千年狐狸精,一個是九頭雉雞精,一個是玉石琵琶 精,俯伏丹墀。娘娘曰:「三妖聽吾密旨:成湯望 氣黯然,當失天下;鳳鳴岐山,西周已生聖主。天意已定,氣數使然。你三妖可隱其妖形,托身宮院,惑亂君心; 俟武王伐紂,以助成功,不可殘害眾生。事成之 後,使你等亦成正果。」娘娘吩咐已畢,三妖叩頭謝恩,化清風而去。正是:狐狸聽旨施妖術,斷送成湯六百年。 有詩為證,詩曰:
三 月中旬駕進香,吟詩一首起飛殃。只知把筆施才學,不曉今番社稷亡。
按 下女媧娘娘吩咐三妖,不題。
且 言紂王只因進香之後,看見女媧美貌,朝暮思想,寒暑盡忘,寢食俱廢,每見六院三宮,真如塵飯土羹,不堪諦 視;終朝將此事不放心懷,鬱鬱不樂。一日駕陞 顯慶殿,時有常隨在側。紂王忽然猛省,著奉御宣中諫大夫費仲。──乃紂王之倖臣;近因聞太師仲,奉敕平北 海,大兵遠征,戍外立功,因此上就寵費仲、尤渾二 人。此二人朝朝蠹惑聖聰,讒言獻媚,紂王無有不從。大抵天下將危,佞臣當道。──不一時,費仲朝見。王曰: 「朕因女媧宮進香,偶見其顏豔麗,絕世無雙,三 宮六院,無當朕意,將如之何?卿有何策,以慰朕懷?」費仲奏曰:「陛下乃萬乘之尊,富有四海,德配堯、舜, 天下之所有,皆陛下之所有,何思不得,這有何 難。陛下明日傳一旨,頒行四路諸侯:每一鎮選美女百名以充王庭。何憂天下絕色不入王選乎。」紂王大悅:「卿 所奏甚合朕意。明日早朝發旨。卿且暫回。」隨即 命駕還宮。畢竟不知此後何如,且聽下回分解。
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